労安法違反が不起訴とされた事例(Ⅰ)

●本件の経緯

 以前、「開業社労士専門誌SR第34号」に掲載されたN工業事件では、同社で死亡災害が発生し、H労基署が書類送検し、I労働局から労災保険法の費用徴収(補償の30%国庫返還)の行政処分を受けました。
 私がN社の社長、工場長等から再聴取した結果、監督官としての捜査経験から本件の場合、刑事上違反には当たらないと判断し、M地検に法令適用の誤りと事実誤認を理由とする上申書を提出した結果、本件は検察官により不起訴処分とされ、労働局長による費用徴収の行政処分も取り消されました。

●本件の概要

 H労基署は、労安法違反(就業制限)の疑いで、N社と同社の男性工場長をM地検に書類送検しました。
 送検容疑は、同社工場で無資格の男性作業員に吊上げ荷重2.8トンの天井クレーンで金属製品の玉掛け作業をさせた疑いで、作業員は落下した同製品の下敷きになり死亡した事案で、H労基署は工場長が容疑を認めたとしています。

●送検法条等

●労働安全衛生法違反

・N工業(事業者:両罰規定)
労安法61条1項、施行令20条16号、ク則221条1号、労安法119条1号、労安法122条
・工場長(従業者:違反行為者)
労安法61条1項、施行令20条16号、ク則221条1号、労安法119条1号、労安法122条

●本件の解説

 本件では、H労基署の捜査で工場長が無資格の被災者に玉掛け作業をさせたと認定したが、私の再聴取の結果、工場長が被災者に玉掛け作業を指示、又は作業従事したことを客観的に認識していた事実の立証がなく、その旨、M地検に意見上申した結果、不起訴とされたものです。
 労安法違反が刑事事件となるには、①構成要件該当性、②可罰的違法性、③故意(事実の認識)の3要件が必要で、本件の場合、②及び③の捜査が不十分であり、かなり問題の多い捜査であったと解されます。

 

■その他 事例紹介

■過重労働で書類送検された事例 ■熱中症で書類送検されたが構成要件に疑義のある事例
■プレス災害で任意捜査に応じず逮捕された事例 ■賃金不払で労基法違反でなく最低賃金法違反で送検された事例
■法令違反を否認したにもかかわらず労基法違反で送検された事例 ■機械故障時の事後安全対策の不備で労安法違反で送検された事例
■退職労働者が申告した場合の労基署の対応は? ■労働災害発生3週間後の労働者死傷病報告書の提出は労安法違反?
■労働基準監督官の司法処分とは?
Copyright(c) 武田社会保険労務士事務所 All Rights Reserved.